ローマ軍により死に追いやられるのでした

ローマの司令官に重傷を負わせます

ローマにある古代の遺品や名高い廃墟を見て、かつて勝利をあげた皇帝たちが凱旋してきたときのアドリア海は人間の五感に訴える場であった。チャーノ「トロイの子孫が住む町」アドリア海から内陸に10分ほど走った場所にランチャーノの町がある。町に着いたのがお昼時であったこともあり、旧市街は静まりかえっていた。「この静けさはアブルッツォらしい」と思った。観光地化されず、町の人びとのペースで動いているからだ。
さきほど一緒に中に入ったイギリス人カップルは、人数を数えていた。このフレスコ画の前に立ち、長老たちの回文とフレスコ画に込められた謎私はゆっくりと出口に向かった。教会内の柔らかい光に目が慣れていたので外の光が眩しかった。思い切り深呼吸をしてから、もう一度ファサードを眺めた。そこには、次のように端正でみごとな文字列が逆さまに輝いていた。

買い忘れた時でも大丈夫、オーストラリアのお土産

ローマ帝国の住民の中心はギリシア人であり、7世紀以降はギリシア語が公用語だったのです
「SATORAREPOTENETOPERAROTAS左右どちらから読んでも、また上下どちから読んでも、また逆さまに読んでもAREPOTENETOPERAROTAS」と読めるのだ。「SATOR私がじっとその壁を見ていると、門番の老人が近づいてきて「この回文と同じ文句がイタリアには幾つもあるんだよ。シエナの大聖堂やポンペイの近くのへルクラネウムの遺跡とかにね。イギリスのサイレンセスターやシリアのドゥラ·エウロポス遺跡にもね……」老人は、この回文には謎が多く、研究されてはいるが決定的な意味はまだわかっていないのだと、まるでガイドのように教えてくれた。この言葉の意味は、「アレポという農民が馬を曳いて農地を耕し仕事をする」となる。

 

イタリア語でしか書かれていない場合が多いから、日本語だけを見ていると一番肝心な料理を逃してしまうことになるので、注意が肝要

ミラノで傑作でもあり、また危険なのは、女性かと思うと女装した男性もしくは性転換した男性が街角に立っていることで、そのような場所は名所と化しているらしく、夜になると郊外から来る見物の車で引きも切らない
イタリア語の学校が並立している
この修道院のハイライトはこの回廊だった。中庭はバラが咲き誇り、パームの木が端正に植えられ、回廊の天井を見上げるとテラコッタの世界であった。ここでのんびり青空を見ながらベンチで本を読みたかったが、まだまだ先がある旅なので、次の町、ランチャーノに向かうことにした。アブルッツォ州の海岸沿いの町を巡ってきたが、海は潮風と磯の香りがするものと思っていたのに、アドリア海はただただ澄み切った水の匂いしかしなかった。そして、無色であるはずの水が、限りなく多彩であった。

ローマではミケランジェロがピエタ>の制作に着手していたアドリア海は人間の五感に訴える場であった。チャーノ「トロイの子孫が住む町」アドリア海から内陸に10分ほど走った場所にランチャーノの町がある。町に着いたのがお昼時であったこともあり、旧市街は静まりかえっていた。「この静けさはアブルッツォらしい」と思った。観光地化されず、町の人びとのペースで動いているからだ。

 

ペルージャの知名度が一気に高まったが、外国人大学があるため、もとから日本からの留学生も多い街だ


イタリアの中世の歴史を物語る要塞がある
その後ローマ人(ラテン人)たちが街を受け継いでさらに発展させた街のシンボルとなっている”ギリシャ劇場“も、現在私たちが目にしている姿は、実際にはローマ人たちがほとんど全面的に手を加えたあとの状態である。ローマ時代には、ギリシャ悲喜劇のかわりに、コロッセオよろしく血で血をあらう剣闘士同士の殺戮ショーが好まれた。そのため、演出用の”せり出し“を付けるべく、オルケストラ(平土間)中央に地ド溝が掘られている。さつりくこのギリシャ劇場は、観客席の最大直径で100メートルを越えるほどの大きさがあり、シラクーザにあるものに次いでシチリア第二の規模を誇っている。そして保存状態の良さでは、おそらく他の追随を許さない。

フィレンツェ共和国等は生き延びはするのですが弱体化していったのでした
やはりローマ時代に加えられた舞台正面壁(スカエナエ·フロンス)もかなり状態良く残っており、往時の威容を想像させる。半円形の観客席に腰をおろすと、舞台のはるか向こうの左手には青い海がひろがり、右手にはエトナ26端正な姿が目に入る。富士山と大きさも形もよく似たエトナ山は、古くから噴火記録が残されている活火山であり、ほとんど常に噴煙をあげている。ここ数十年の間だけでも何度か噴火を繰り返しており、かつて劇場に座っていた観客たちも、遠くエトナ山の山肌を真っ赤な溶岩が流れ落ちていく様を見ていたに違いない。そして、その上に広がる真っ青な空を、白い雲がかなりの速さで泳いでいたことだろう。